天照討論.3 聖アジョラについて

この記事は諸般の事情から一般に公開していません。もしこの記事を発見された方は、お手数ですが制作者にご一報して下さいますよう、ご協力をお願いします。

アジョラ・グレバドスとイエス・キリストの類似点・相違点

H
FFT古代史の中でも、とりわけ中世に到るまで影響を強く残している人物の一人が「聖アジョラ」であろう。
A
そりゃ、国教たるグレバドス教でいえば「神の使い」だし。
H
ところが、ブレイブストーリーにおいて、ラムザはそれが間違いであることを知る。
A
ゲルモニーク聖典でね。
H
その辺りの描写を以下に引用しよう。

…僕はシモン先生から委ねられた『ゲルモニーク聖典』を手にとりページをめくった…。文章は古代神聖語で書かれている。ところどころに挿し絵があるが、中身の破損が激しく文字の判別も難しい。いったいこの本には何が書かれているのだろうか?

そのとき、慣れ親しんだ畏国語の文字が僕の目に飛び込んできた。ところどころに、畏国語による注釈が書き加えられていたのだ。いったい誰が?

注釈に使われたインクからすると、古いものは十数年前、新しいものは数日前に書かれたようだ。指で触ってみると、少しにじむ。やはり、インクが完全に乾いていない。文字の筆跡は同一人物。つまり、シモン先生が十数年の歳月をかけて少しずつ、少しずつ解読していたのだ。

…断片的な注釈を頼りに読み進めてみた。

…どうやらこの本は聖アジョラの弟子、ゲルモニークが書き記したものらしい…。ゲルモニーク…? どこかで聞いたことがある…。歴史の授業で習ったはずだ…。

そうだ、思い出した。ゲルモニークといえば、師である聖アジョラを裏切り、神聖ユードラ帝国に聖アジョラを売り渡した裏切りの使徒…。そのゲルモニークの書き記した書物がこの世に残っていたなんて、これはすごい!

…興奮する自分を抑えながら頁をめくる。しかし、歴史的遺産を手にした興奮をはるかに上回るような衝撃が僕を襲った。

この本は、聖アジョラの語った言葉をゲルモニークがまとめたものと僕は考えていた。しかし、その考えは甘かった。これは聖アジョラの活動の記録…、しかも、僕らが知っている聖アジョラとは違う一人の人間としてのアジョラの行動が記されていたのだ…。

そもそも聖アジョラは人間ではない。僕は兄・ザルバッグほど敬虔(けいけん)なグレバドス教信者ではないが、聖アジョラは、混乱した人間界を救おうと神の国より遣わされた“神の御子”であると信じている。いや、信じていた…。そう…、この本を読むまでは…。

…かつて、何艘もの飛空艇が大空を飛び、天を埋め尽くしていた黄金の時代…。ルザリアのベルベニアに生まれた聖アジョラは生まれるとすぐに立ち上がり、井戸まで歩くと「この井戸はもうすぐ災いがふりかかる。今のうちに封印し、人が飲まぬようにしなければならない」と予言したという…。

数日後、ベルベニアを黒死病が襲い、汚染された井戸水を飲んだ人々は次々に病に倒れて死んだ…。しかし、聖アジョラの言葉を信じた家族だけは病にかからずに生き延びることができた。以後、聖アジョラは“奇跡の子”“神の御子”と崇められることになった。

そんな聖アジョラが“救世主”となり、“神の一員”として天に召されることになったのは、二十歳のときだ…。イヴァリースが現在のように統一される遥か昔、この地はゼルテニア、フォボハム、ライオネル、ランベリー、ルザリア、ガリオンヌ、ミュロンドの7つの小国に分かれており、それぞれ自国の版図を広げようといつ終わるともしれない争いを続けていた…。

数百年続いた争いの中、ミュロンドに一人の野心溢れる若き王が誕生した。若き王はイヴァリース全土を手中に収めるべく大軍を率いて戦ったが、勝利への道は険しく厳しかった。そこで、王は古文書より解読した秘法を用いて魔界より魔神を召喚し、その力を利用しようとした。しかし、地上に降臨した魔神は王を殺すと、世界を滅ぼそうとした…。

勇者は魔神に対抗すべく、十二人の使徒とともに世界に散らばった“ゾディアックストーン”を集め、ゾディアックブレイブを復活させた。彼らはまたたくまに悪魔たちを倒すとついに魔神を魔界へ戻すことに成功した。こうして彼らは“世界の救世主”となった。

ここまでが有名なゾディアックブレイブの伝説だ。ゾディアックブレイブたちはその後も世界に危機が訪れるとそれに対抗すべく忽然と姿を現し、忽然と消えていった。聖アジョラの生きていた時代にも似たような危機が訪れた。イヴァリースの覇権を狙うランベリーの王が魔神を召喚し世界に混乱を招いた。聖アジョラは伝説と同様に十二個の聖石を集めるとゾディアックブレイブを結成し、魔神を倒したのである。

しかし、いつの世にも執政者にとって“英雄”ほど邪魔な存在はいない…。

神の国の到来を説く聖アジョラの台頭を恐れた神聖ユードラ帝国はその一派を捕らえるために挙兵した。当時、もっとも大きな宗教であったファラ教の司祭たちは聖アジョラの力を恐れたのだ。結局、金に目のくらんだ十三番目の使徒・ゲルモニークの密告によって聖アジョラは捕らえられ、ゴルゴラルダ処刑場で処刑された。

しかし、聖アジョラは“神の御子”…、神の怒りがファラ教の司祭たちを襲った。処刑の直後、ファラ教の本拠地ミュロンドは天変地異により海中に没したのである。

…こうして、聖アジョラは“神の御子”として天界に迎えられ、“神の一員”になったのである…。

ここまでが僕の知っている…いや、畏国に住む者ならば誰もが知っている聖アジョラの“神話”だ。だが、この『ゲルモニーク聖典』に書かれているせいアジョラはまったくの別人であった……。

アジョラは“神の御子”などではない。僕たちと同じただの人間だ。野望を抱き、おのが夢の実現のために戦った革命家なのである。しかも、彼は平和を愛し、他人のために命を賭して戦うような勇者ではなかった。

…ゲルモニークの記したところによるとこうである。

新興宗教の教祖として信者を増やしていたアジョラは、当然のように、帝国にとってはただの厄介者でしかなかった。しかし、アジョラはそうした宗教家としての“顔”だけではなかったようだ。敵国に侵入し情報収集と撹乱を行う工作員。帝国と敵対する国家の間者(スパイ)だったのだ。

とにかく、帝国はアジョラを恐れた。帝国はアジョラが間者である証拠を掴むためにゲルモニークを送り込んだ。そう…、ゲルモニークもまた、アジョラの動向を探るために帝国から送りこまれた工作員だったのだ。

…アジョラがゾディアックブレイブを再結成しようとしていたのは事実らしい。実際に聖石を数個、発見したことをゲルモニークは確認している。だが、再結成に何の意味があるのか?

若きランベリー王が本当に魔神を召喚したのかどうか、僕にはわからない…。少なくともこの本にはそうした記録が1行たりとも記録されていないらしい。ただし、アジョラの死とほぼ同時期にミュロンドを天変地異が襲い、ミュロンドの大半が海中に没したのは事実であった…。

(後略)

A
もう少し捕捉しておくと、聖アジョラ――アジョラ・グレバドス――の時代は、現代より12世紀前、つまり、ラムザたちの時代より800年前に当たると言われているわ。キリスト教に比べれば若干歴史が浅いみたいね。
H
そしてアジョラ生誕時の逸話は、こちらの世界のイエス・キリスト生誕時と大きく異なり、どちらかと言えば釋迦の誕生に近いと言える。釋迦(ガウタマ・シッダールタ)は産声を上げるやいなやすぐに立ち上がって七歩歩き、右手を天に差し左手を地に差し「天上天下唯我独尊」と話したといわれている。
A
まあ、イエスの生誕そのものに明確な描写がないのだからどうしようもない、という言い方も出来るけどね。
H
それだけではあるまい。例えばイエスは生後まもなくヘロデ大王の幼児虐殺から逃れるため、エジプトに移動している。ところがアジョラは、ルザリアのベルベニアからミロドスに移った程度で、国境を越えた移動は生涯しなかったようである。あるいは、イエスは基本的に悪を滅ぼすという奇蹟は起こしていない。世界背景から考えればアジョラ=イエスという発想が普通であろうが、実際にはかなりの相違点があることは強調しておくべきだろう。
A
キリスト教において最も重大な復活というイベントがないというのも大きなポイントかな。
H
まあ、中世で復活はしたわけだが…。
A
そもそも、グレバドス教は基本的に何を教義にしているんだろう。
H
ザルモゥの言動から察するに、勧善懲悪的な――つまり、どちらかと言えば倫理論に近しい感じだったのではないだろうか。
A
だとしたら別にアジョラ様に対して祈る意味なんて無いじゃない。
H
いや、ブレイブストーリーのエンディング部分――ラムザとアルマがオーランたちの前を横切っていくシーンで、牧師と思わしき男が…大いなる父の祝福を受け、汝の肉体は大地へ戻らん。願わくば聖アジョラの御加護によりアルマ・ベオルブの魂を至福の地へ導きたまえ……、ファーラム…。という祝詞を唱えている。つまり、人間は死ぬことによって魂と肉体が分離し、肉体は地に帰り、魂だけが神の導きによって安息の地へ向かう――というのがグレバドス教の主たるところだと私は思っている。
A
そう言う意味では、幅広い意味での「宗教」という点で間違いはなさそうね。エデンから極楽浄土まで、古今東西多くの宗教は基本的に『死』を『安息への旅立ち』としているわ。
H
これは仏教で言うところの『不動明王』と同じであろう。悪しきを滅ぼし、善きを救う。考えてみれば至極単純な構図ではある。
A
でも、ゲルモニーク聖典の描写を見る限り、アジョラは元々普通の人間だったとみるのが自然よね。
H
何せスパイだ。それも帝国の内部崩壊を誘おうとする工作員的な役割をも担っている。そんな勢力が力を伸ばしつつあったのだから、帝国側の焦りは相当なものであったと推測されよう。